消防士を辞めるまで

ある地方の消防士が25年勤めた仕事を辞めるまでの紆余曲折を赤裸々に綴ったお話です。

初めての出勤(忘れられない出来事)

前回まで初勤務(当直)の話を記したので、今回は、初出動の話を記したい

 

初勤務(当直)以降、数当直した

そして、初出動にあたった

出勤は基本的は管轄する場所に出る

火事は自身が勤務する管轄以外も出動するし、他区の火事にも出勤する

 

私が初めて出動したのは、今でも覚えている

それは何故か‥

 

それは初出動で人が亡くなった火事だったからだ

詳細は記せないが、火事により人が亡くなったという事実だけがある

 

皆さんが予想する火事は、ニュース等に取り上げられるような火事を想像すると思うが、火事の規模は小さくても一酸化炭素で簡単に意識を失い、そして亡くなってしまうのである

 

ここで雑学だが、一酸化炭素が空気中で0.02%の濃度で頭痛や吐き気、0.16%で目眩を起こし、2時間程度で亡くなったしまう

 

初出動で亡くなった方は後者だ

 

19歳の小僧には、ちと刺激が強かった

だが仕事ならばちゃんとやらねばならないということで、先輩方に色々と教えられながら、図面を取ったり、状況図を撮影したり、取ったりした

そして、亡骸は警察により事件性の有無などを調べた後に運ばれていった

 

初出動後は、様々なことを考え、答えが出ないまま、翌朝の交代を迎えた

 

この出動が初めて生死といったものを考えるきっかけとなり、以降、消防士を辞めるまで生死について考えさせられた

そして、今もあの時の出来事により、また、身内の死により死生観というものを考え、身近に死というものを感じるようになった‥

 

今回はここまで記し、次回に続く

 

 

 

初勤務(当直)③

前回、初勤務の午後の訓練を通して感じた違和感まで記したので、その後のことを記したい

 

訓練で感じた違和感を拭えぬまま、夕食作りに入った

夕食は若手職員で作っており、唯一の心安らぐ場と言っても過言ではない

世代の近い人と他愛の話をしながらの夕食作りはとても楽しかった思い出しかない

 

夕食後は、勤務時間ではあるがテレビがついていたり、運動をしたりと各々過ごしたいようにすごしているのが、みんなが知らない消防署の一面だろう

お風呂もいつ入ってもいいし、湯船にも浸かってよい

割と自由であるが、これも皆さんが納めている税金で賄われていると思うと、湯船にゆっくり入るより、シャワーで直ぐ入って直ぐ出るのがいいと感じたが、湯船な浸かっている人も辞める時もいた 笑

 

夜の勤務終了時間は23時までであり、私は初勤務(当直)時は、先輩方が休むまで起きていた

その当時は先輩方より先に休む(寝る)ことが憚れる時代であったが、今はそんなことはないのだろう

 

翌朝は5時45分から勤務時間だが、みんな起きる時間がまちまちだった

というか、勤務時間に起きてくる人はごく稀だ

新人であった私は勤務時間に起きるものであったので、その時間に起き、お茶とコーヒーを準備していると、眠そうに目を擦りながら起きてくる先輩方が印象的だった

何故なら、忙しくないのに眠そうしていたからだ

夜中、たくさん出動している救急隊なら分かるが、出動のない消防隊は忙しくもないし、眠くもないからだ 笑

 

そんなこんなで、初勤務(当直)をした

 

初日から違和感を感じ、初めての勤務とはいえ独特の世界なんだと実感したのを記憶している

 

今回はここまで記し、次回に続く

 

初勤務(当直)②

前回、初勤務(当直)のお昼まで記したので、今回はお昼からを記したい

 

消防署のお昼ご飯は各市町村毎にどの様にするかは決まっており、お弁当配達のところもあれば、自前の弁当を持参するところもあり、私が勤務していた本部は、3食全て職員が作る本部であった

 

だいたいの署は若手が作るのだが、私の配属先は威張り散らす運転手が、引き継ぎ交代後のお茶の時間を満喫した後に、徐ろに食堂に行きお昼ご飯を作り出す 笑

「あのー仕事しないのですか??」と聞きたくなるのを我慢していた

消防のお昼ご飯は、麺類が多い

何故かというと、食べている途中に火事や災害が入ると、食べるのを止めて出動するからだ

そして、帰ってきてから残りを食べるのだが、麺が乾燥していても、水に一度通すと、直ぐに食べられるからである

 

お昼ご飯を食べて、14時から訓練をしたのだが、ここで忘れられない出来事があった

 

訓練は基本的な空気呼吸器の取り扱いであった(消防士が背負っているボンベが着いているあれである)

この空気呼吸器は火事の建物の中に入る際に消防士の大切な道具であり、これが使えないと燃えている建物の中に入ることが出来ない

そして、ちゃんと使えないと火事の現場で最悪命を落とす

それくらい大事なものだ

この空気呼吸器の取り扱い訓練をしたのだが、その日は40代の方が助っ人として消防隊に来ていたので、この方と同時に訓練をスタートとした

取り扱い訓練は、防火衣を着て、空気呼吸器を背負い、空気を吸う部分を面体というが、これを顔に密着させ、ヘルメットを被るという内容だ

私は、一緒に訓練をスタートして、面体をつけヘルメットを被り、「着装よし」と終わりを告げた

助っ人できた40代の方はまだ防火衣の上着を着ていた

防火衣を着終わり、空気呼吸器を背負った

その時に私は目を疑った

 

何故かというと、空気呼吸器を上下逆さまに背負ったのだ

 

そして、空気を吸う面体を着けようとしているのだが、当然、しっかりと背負った時に顔に密着出来るように作られているため、上下逆さまに背負うと面体は顔につけられない

更に、周りに所長と威張り散らす運転手がいるにもかかわらず、背負い方が間違えていることを指摘していない

私は堪らず、「◯◯さん呼吸器を逆さまに背負ってますよ」と言った

逆さまに背負っていた40代の助っ人さんは、急いでちゃんと背負い直していたが、私はこの時感じたことを今でも忘れられない

 

公務員になれば退職まで補償はされているが、現実はこのようなことか

消防士になったはいいが、その後の鍛錬を怠った結果がこれかと‥

私が思い描いていたものは、フィクションであったのだと‥

 

私が2回目に感じた違和感がこれだ

賛否両論あるかと思うが、思ったことを素直に記していく

 

今回はここまで記し、次回に続く

 

初勤務(当直)①

前回まで配属先の消防隊と救急隊のメンバーについて記してきたが、今回は初勤務(当直)した日を記したい

 

配属先が決まったブログは、既に前回までのブログで紹介したが、ここから読まれる方は是非、過去のブログを見ていただきたい

 

初勤務(当直)は、消防人生で忘れられない1日だ

その日の消防隊は、所長、威張り散らす運転手(機関員)、助っ人できた40代半ばの方、そして私であった

初めてやることばかりで、自分が消防車のどこに乗るのかも分からない、何をすればいいのかも分からない、とにかく分からないことばかりであり、ひとつひとつ確認しながら、教えてもらいながら対処してした

 

消防署には引き継ぎ交代というのがあり、私が働く本部は、当時の交代時間が9時であり、9時前に前日当直していた番から引き継ぎを行い、車の点検、資機材の点検などをし、有事の際に備える

 

そして、引き継ぎ交代後が問題であった

 

引き継ぎ交代後には、みんなでお茶を飲む(コーヒーも飲む)時間があり、その習慣が初めての私は、お茶か、コーヒーを当直しているメンバーに聞いて準備をし、皆さんに渡していった

 

みんな飲んでいるのかなと思い、周りを見ると、威張り散らす運転手と目が合った

その瞬間に、この時を待っていたかのように、口を開いたのだ、以下がやり取りだ

運転手:「みんなに好みは聞いたのか?」

私:「お茶かコーヒーか聞きました」

運転手:「違う、お茶の濃さや、コーヒーにミルクや砂糖を入れるのか、その量を聞いたかと聞いてんだ」

私:「聞いてないです。聞かないといけなかったのですか?」

運転手:「当たり前だろ、みんな好みがあるんだから」

私:「えっ、あ、分かりました。すいません」

運転手:「ちゃんと覚えてな」

私:「はい‥」

 

わかるだろうか?

私の飽き飽きした感じを 笑

私が好みを聞かなかったことがトリガーとなり、このようになったのは言うまでもない

 

私は18歳で家を出て、独り暮らしをしていたため、自分のことは自分でやるのが当たり前であり、誰かに入れてもらったコーヒーにミルクや砂糖を入れるのは自分でやるものという固定観念があった

しかし、その時の現実は違った 笑

 

そして初めての職場で、初めての勤務(当直)で、初めて違和感を感じた

「あれ、何が違う‥」

 

朝のお茶問題後はお昼までは、色々と教えてもらいながら過ごしていた、そして、午後にまた問題が発生したが、次に記したい

 

今回はここまで記し、次回に続く

 

 

現地配属②

前回は配属先の部隊(消防隊)の人物について紹介した

 

今回は、配属先の救急隊の人物について紹介したい

 

私がいた政令市の救急隊の一隊の配置人員は5人であり、隊長は40代後半、機関員は2人いて30代後半と50代前半、隊員は2人いて26歳、23歳の年齢更生で、明らかに消防隊よりも若い(現地配属①を見てください)

 

40代の隊長は可愛らしいフォルムをしていて、とても食いしん坊であった

救急隊で人手が足りない時は、消防隊から助っ人として救急車に乗るのだが、隊長がいる時は患者さんを病院へ搬送後、お昼ご飯や夕飯を救急出場で食べられない時に吉野家の牛丼を買ったり、マックシェイクを買ったり、おにぎりを買ったりして食べていた記憶がある(本当はやってはいけないことだが、私たちも人間だから、食べないといけないと、隊長の責任のもと行っていた。今、思うとリスクを承知の上の行為に感謝しかない)

しかも全て隊長の奢りだ 笑

そして、これは時効だと思うからお知らせする

 

機関員の30代後半の方は、運転が丁寧であり、黒縁メガネを掛けた寡黙で優しい方であった

もう一人の50代前半の機関員は、山本リンダさんと同じ学校の同級生であり、山本リンダは歳をサバ読んでいると言っていた 笑

 

隊員の26歳の方は、自由人であり、色々な分野にマニアックな方で、青春18切符で一人旅や車で日本中を移動したりする面白い人であった

もう一人の23歳の方は、私と年齢が近かかったこともあり、よく話したり、昼食や夕食を作ったりしていた方で、とても穏やかな人であった

 

救急隊はこのようなメンバー構成であり、私がいた消防隊のメンバーとは明らかに年齢構成が違っていた

 

消防隊、救急隊共に面白いメンバーで一年間寝食を共にする事になった

そして現地配属一年目がインパクトが強かった年であったことは次回以降に記したい

 

ここで消防の雑学を紹介したいと思う

火事の時に使う水は道路や歩道に埋め込まれた(雪国では地上に立っている)消火栓から水をもらうが、使用した水はお金を払っているのである

意外と知られていないことだと思う

 

今回はここまで記し、次回に続く

 

 

現地配属①

前回、配属先が決まる過程と配属先が決まったところまで記したので今回は配属先の先輩方を簡単に紹介したい

 

配属先はある消防署の分署の消防隊に配属されたわけだが、配属先の年齢層が高く、うまくやっていけるのか不安だったことを今でも覚えている

 

責任者は所長であり55歳、消防車を運転する人を機関員というが、機関員が2人おり、1人は59歳、もう1人が56歳、隊員が私を含めて3人いて、上から57歳、37歳、そして私の19才であった

救急隊もいたが、次回紹介したい

 

にしても、年齢層が可笑し過ぎでしょ!

何でこんなことになるの?って思った

 

所長はとても穏やかでいい人だったのだが、訓練を全然やらない方であり、いつも机に座って何かやっていたが、何をやっていたのかは分からなかった

 

次に機関員を担当する59歳の先輩だが、この先輩がとても厄介であった

この方は昔ながらの頑固親父であり、自分が一番といった感じであり、年齢では確かに一番だが、所長がいるにもかかわらず、威張り散らしている方であった

そんな頑固親父に私はよくパシリにされていた

例えばタバコを買ってこい、アイスが食べたいから買ってこい、夕食に使うネギがないから買ってこい等、色々と使われた 笑

一番おかしなことは夕食の汁物を作っていたら、味が口に合わなかったらしく、全部捨てられたことがあり、意味不明だし、なんて理不尽なことをする人なんだと思った

 

もう1人の機関員の56歳の方は、独り言が多く、退職したらホームレスになりたいと言っていたのを今でも覚えている

退職して、20年以上経つが、念願のホームレスになれたのか気になるところだ

 

57歳の隊員の方は走ることが好きな陽気な方で、時間さえあれば走っていた

そのおかげか当然体力は凄かった

 

37歳の隊員の方は、私が色々と知識と技術を教えてもらった方であり、私はいつもその先輩を頼り切っていた

しかし、このお世話になった先輩は後輩を可愛がる癖があり、私もその1人でありよく可愛がられた

火事の時や訓練で使ったホースはホースタワーというものにホースを干し、干したホースを地上10メートル以上あげて、乾燥させるのだが、このホースタワーにぶら下がってみろと言われ、ホースタワーがどういったものか知らない少年(私)は、先輩がぶら下がってみろと言ったので、素直にぶら下がった

先輩は可愛がる癖とイタズラ癖があり、ぶら下がった私を見て、すぐにホースタワーを地上5メートルくらいまで上げた

そして、降ろしてくださいと言っていた私を笑っていた

 

いや、もう頭壊れているでしょ!?

 

そんなめちゃくちゃなメンバーで一年間過ごすのかと思うと、先が思いやられるなと感じながら当直生活をスタートしたのであった

 

今回はここまで記し、次回に続く

 

 

 

 

 

 

消防学校卒業後②

前回までは、消防学校卒業後の研修や訓練までお伝えしたが、今回は訓練研修期間を終え、現地配属までを記したい

 

最後の二ヶ月間の訓練期間が終わると、いよいよ現地に配属になる

 

現地配属先は年度末(3月下旬)に人事異動の内示が出る

これに自分がどこの所属になるのかが明記されており、基本的にはこの内示の通りに新年度から働くこととなる

つまり、「嫌だ」ということが一才通じないのだ

簡単に言えば、「嫌なら辞めれば」ということだ

公務員は一見、優しそうに見えるがその実は違うのである

 

で、この内示が非常に重要で、優劣はつけてはいけないが、この部署はいいけど、あの部署はよくないと、勝手に判断してしまう

そして、大体予想した通り、よくない部署だと思ったところは、大抵よくないのである

しかし、新人である私には良し悪しが全く分からない

何故なら、前情報がないからだ 笑

 

最後の訓練終了後に、教官がみんなを集め、配属先を読み上げ、私が四月からの働く場所が分かった

私はある署に配属になったから四月から働くと思っていたが、その署でも署内配置を決める異動があるのだ

そして、私はある署の分署に配属された

 

その配属先は、11人配置であり、そのうち5人は救急隊、残りの6人が消防隊であった

私は消防隊に就たのだが、その隊は6人中4人は定年前(当時は60歳定年)の方であり、私を除いた方は40歳を過ぎた方であった

 

ここから波瀾万丈な消防人生が始まるなんて、その時は考えもしなかった‥

 

ここで雑学です

消防車は何故、赤いのか?という質問が多いのでお答えすると、諸説あるが、一番分かりやしいのは法律(道路交通法)で「朱色」と明記されているからである

厳密に言えば赤ではないのである

 

今回はここまで記し、次回に続く