消防士を辞めるまで

ある地方の消防士が25年勤めた仕事を辞めるまでの紆余曲折を赤裸々に綴ったお話です。

現地配属②

前回は配属先の部隊(消防隊)の人物について紹介した

 

今回は、配属先の救急隊の人物について紹介したい

 

私がいた政令市の救急隊の一隊の配置人員は5人であり、隊長は40代後半、機関員は2人いて30代後半と50代前半、隊員は2人いて26歳、23歳の年齢更生で、明らかに消防隊よりも若い(現地配属①を見てください)

 

40代の隊長は可愛らしいフォルムをしていて、とても食いしん坊であった

救急隊で人手が足りない時は、消防隊から助っ人として救急車に乗るのだが、隊長がいる時は患者さんを病院へ搬送後、お昼ご飯や夕飯を救急出場で食べられない時に吉野家の牛丼を買ったり、マックシェイクを買ったり、おにぎりを買ったりして食べていた記憶がある(本当はやってはいけないことだが、私たちも人間だから、食べないといけないと、隊長の責任のもと行っていた。今、思うとリスクを承知の上の行為に感謝しかない)

しかも全て隊長の奢りだ 笑

そして、これは時効だと思うからお知らせする

 

機関員の30代後半の方は、運転が丁寧であり、黒縁メガネを掛けた寡黙で優しい方であった

もう一人の50代前半の機関員は、山本リンダさんと同じ学校の同級生であり、山本リンダは歳をサバ読んでいると言っていた 笑

 

隊員の26歳の方は、自由人であり、色々な分野にマニアックな方で、青春18切符で一人旅や車で日本中を移動したりする面白い人であった

もう一人の23歳の方は、私と年齢が近かかったこともあり、よく話したり、昼食や夕食を作ったりしていた方で、とても穏やかな人であった

 

救急隊はこのようなメンバー構成であり、私がいた消防隊のメンバーとは明らかに年齢構成が違っていた

 

消防隊、救急隊共に面白いメンバーで一年間寝食を共にする事になった

そして現地配属一年目がインパクトが強かった年であったことは次回以降に記したい

 

ここで消防の雑学を紹介したいと思う

火事の時に使う水は道路や歩道に埋め込まれた(雪国では地上に立っている)消火栓から水をもらうが、使用した水はお金を払っているのである

意外と知られていないことだと思う

 

今回はここまで記し、次回に続く